築68年が経ち、解体の検討されていた蔵前のビル。「古いから壊すのではなく、古さを武器にしましょう」。これまでのデータや目論見をもとに「ピカピカにしすぎない」リノベーションを行ったところ、古さに惹かれたこだわりのあるお店たちが次々と集まり、ビルは瞬く間に満室となりました。
渋いタイルと白い壁のコントラストが印象的な「ウグイスビル」 近頃、気の利いたお店やカフェが続々と集まり注目を集める「蔵前」エリア。そのメインストリート沿いに佇む、「ウグイスビル」をご存じでしょうか。ひとことで言えば、「こだわりを持ったお店が集まっている、趣のあるビル」。
実はほんの3年前(2019年)までこの建物は、年月とともに痛みも多くなり、オーナーさんに建替えを検討されていました。
タイルが落ちてこないよう、ビルにネットを張るほどの痛み具合 しかし「壊してしまうのではなく『古さを生かしたリノベーション』をすれば、その良さがわかる人たちが入ってくれるはず」という東京R不動産のコンサルティングを通じて、大家さんは「このビルを残そう」と決心してくれました。
そうしてビルの工事を終えると、私たちの目論見は当たり、建物のレトロな佇まいに惹かれたカフェやお店がビル内で続々とオープン。「古ビル再生」の成功事例として建築界隈の方々も視察に訪れるほどになりました。
現在はエントランスのテーブルにたくさんのショップカードが並び、訪問者をお出迎え そんな「ウグイスビル再生」に向けて、私たちが提案したポイントをいくつかご紹介します。
(1)「直す古さ」と「残す古さ」の選別
建物の古さは時に武器になります。古いからこそ残すべきものと、直すべきものを正しく選別することが重要です。
例えば、今にも外れそうで危なかった窓・現代に合わない水回りといった「困った古さ」は、ビルの雰囲気を壊さないよう気を配りながら修繕。そのほかの、経年変化でしか出せない味わいを醸すフローリングや、まだらに汚れた壁などの「いい古さ」は積極的に残すなど、「やる・やらない」を取捨選択しながら無理なく事業計画を進めました。
既存の窓ガラスは半透明。外の雰囲気が見えるよう、透明ガラスにすることに 長年使い込まれた真鍮にしか出せない味わい (2)いくらかけるべきか
賃貸ビルのリノベーションは、理想の姿を求めてお金をかけすぎてしまうと事業のバランスが崩れてしまいますが、かといって最低限にコストを下げるだけが答えではありません。工事にかけた費用の分だけ賃料が上がっても、それに見合う価値を感じて「ここでお店を始めたい」と思ってくれる方々がいるかどうか、で判断していきます。
これまで東京R不動産は、蔵前エリアでもその他のエリアでも、古くても魅力ある物件をたくさん仲介してきた経験から「ここまではやるべき / ここまででいい」「この賃料までなら入居者は集まる」「お金をかけるのはここに集中すべき」など、自信を持って意見させていただくことができました。
(3)「ウグイスビル」のビル名
蔵前の「タイガービル」、馬喰町の「イーグルビル」、浅草の「ライオンビル」といったレトロなビルに並んでここにも動物の名前を付けよう!となり、ビルの前に梅の木があったことから提案した「ウグイスビル」を採用していただきました。縁起が良くて華のある、こぢんまりとしたウグイスの印象が、このビルに入ってくれるお店のイメージにもぴったり重なります。
鉄製のエントランスドアも、ウグイス色に塗装 真鍮でオーダーメイドしたサインは、主張せずさりげない佇まい (4)「アトリエ店舗」にフォーカスしたテナント募集
当時の入居者募集ページ。まだ改修中だったため、どんな物件になるか完全には分からない状態で募集を開始 元々、このビルに入っていたのは主に「事務所」でした。ですが、店舗のニーズも明らかにあること、そしてそれがこのビルと周辺の魅力を上げていくだろうということから、「アトリエ店舗」をタイトルに入れて募集をすることに。
2020年の春に工事を終えると、初の緊急事態宣言が出た大変な時期でしたがたくさんの問い合わせをいただき、瞬く間にビルは「古さという魅力に引き寄せられたお店」で満室となったのでした。
ビルの魅力は、「建物そのもの」だけがつくり出すのではありません。入っているお店の並びも重要なので、よい相乗効果の生まれる店舗に入ってもらえて私たちもうれしく思っています。
ビルの古さと調和する素敵なお店たち
最初の入居者募集から3年が経とうとしている今、ウグイスビルに入っている素敵なお店やカフェの一例をご紹介します。
103号室 カフェ「喫茶半月」
店内に光を取り込む大きな窓は、ビルの外観をより魅力的に 「ピカピカの物件」では醸し出せない空気感。 柱の腰壁や、天井まで壁一面を覆う棚など、重厚な印象 近くにある大人気店「from a far」とも同じオーナーによる「半月」は、クラシカルな雰囲気もあるカフェ。どっしりとしたカウンターやアンティークの家具が並び、ビルの古き良き雰囲気と調和しています。隣の小区画102号室には、コーヒーのテイクアウトができる焙煎所「半月焙煎研究所」が軒を連ねていますよ。
101号室 古書店「Frobergue(フローベルグ)」
店主がヨーロッパで仕入れた洋書が並ぶ店内。 「古さを生かしていてる物件を、1〜2年かけて探していました」と店主 古い建物を再活用したウグイスビル自体が、この店の「クラシカルなものを現代的な感覚で再提示する」という方向性にマッチ どこか懐かしさを感じる階段を上って、2階へ...
時の経過による「味わい」を残しつつリノベーションされた、共用部も見どころ ウグイスビルの階段や廊下は、いい意味で「古びた」空気感があります。外観や居室内がいくらクラシカルでも、手洗い場やトイレがやけにピカピカ...だとなんだか興醒めしてしまいますよね。
リノベーション時にはビルの「全体感」を損なわないようこだわったため、昔の小学校を思わせる雰囲気にまとまっています。
203号室 北欧器店「NORR LAND(ノールランド)」
50年以上前の器を多く取り扱う店。商品とビルが同程度の歳月を経ており、空間に一体感が 店主は「壁を真っ白に塗った方が食器が映えるかな」とよぎりつつも、建物の味を残すために思いとどまったそう 201号室 アパレルショップ「genre(ジャンル)」
左奥のレジの上は、「見せるストック」。壁を黒に塗装して奥行きを生みつつ、限られたスペースを上手に活用 こちらは、ビル2階の中で最も広い区画。ビンテージの服をメインに扱うアパレルショップです。
ウグイスビルに移転する前は札幌に店舗があり、1920年代に建てられた文化財指定の建物...つまりウグイスビルよりも古い建物(!)に入っていたそう。
「今回の物件探しも、この古さが決め手でした。この梁も年代特有で、いいですよね」(店主)
古さという魅力を大切に引き継いで
「このビルはなんだろう?」と入ってみたくなるエントランス ご紹介した他にも、素敵なお店が集まっている蔵前のウグイスビル。
各店舗さんへのインタビューでよく耳にしたのは、「お客さんに『空き区画はありませんか』とよく聞かれるんです」という声。多くの方が「自分もこのビルでお店を始めたい!」と思ってくれているのだなあ、とうれしい気持ちになりました。
「時間の積み重ねを感じさせるこの建物の雰囲気をうまく活かせば、ここは人気物件になります」というという私たちのメッセージを信頼し、痛んだビルを「残す」ことを選んでくれたオーナーさん。そして、ビルを盛り上げてくれているお店の方々。大切に引き継いでいこうという人たちの手によって、この古いビルは今日も穏やかに賑わっています。蔵前散策の際には、ぜひウグイスビルにも足を運んでみてください。
●各ショップのInstagram
・カフェ「喫茶半月」 @hangetsu_kuramae / @hangetsuroastery
・古本屋 「Frobergue」@frobergue
・北欧食器 「NORR LAND」 @norrland.shop
・アパレル 「genre」 @genre_vintage
※この記事は、東京R不動産のnoteにも掲載しています。
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