老朽化により4ヶ月後の取り壊しが決まったビル。「短い残り期間だからこそできる面白いことがあるんじゃないか?」と、入居者募集をしてみました。借りてくれたのは「ここでしかできない展示をしたい」という2人のアーティスト。ビルの最期を飾る、鮮やかな展覧会を取材しました。
写真と絵、そして建物がお互いを引き立て合う展示空間 「このビルの入居者募集!壊されるまでの4ヶ月、超短期。ビルに何をしてもいいです」
そんな募集で物件を借りてくれたのが、写真家の川島小鳥さんと、画家の小橋陽介さん。お二人が、この自由に使える空間を生かした展覧会『Pink Noise Dance』を開き、取り壊される『原島第三ビル』の最後を彩ってくれました。
4ヶ月の「超短期募集」に至ったわけ
渋い外観。57年の経年変化でしか出せない味です 階段を上がっているだけでも、手すりや壁、雰囲気からその古さを感じるビル 今回このビルへの入居者は「4ヶ月限定」という超短期での募集でした。というのも、水道橋にたたずむこの『原島第三ビル』は築57年を経て経年劣化が進み、惜しまれつつもとうとう壊されることになったのです。
募集のきっかけは、ビルの管理人さんがくれた相談でした。「R不動産を見ているような『何か面白いことをしたい!』と思っている人たちなら、壊されるまでの『超短期』でも上手に使ってくれるんじゃないか」と考えてくれたのです。
管理人さんの話を聞くと以下のように面白いことになりそうな条件が揃っており、さっそくサイトに掲載しました。
・「超短期」→限られた使い方しかできない「珍しさ、手軽さ」
・「古い」→経年変化をした建物しか出せない「味わい」
・「取り壊される」→原状回復が不要で、「絵を描いても、何してもOK」
『ラストダンスは鮮やかに【超短期】』という名前で入居者を募集 偶然見つけた物件で、「ここでしかできない展示を」
画家の小橋陽介さん(左)と、写真家の川島小鳥さん(右) この募集には数々の素敵な応募がありました。そしてそのうちの一組がこちらのお二人。
写真家の川島さんはもともと「自宅の引っ越しのためにR不動産を見ていたので、展覧会場を探していたわけではなかった」そう。そんな中で偶然この募集を見つけ、何をするかは決まっていなかったけれど、衝動的に応募したとのことでした。
「僕はアトリエを持っていなくて。持ってみたいけど、家も好きだから要らない気もして...。なのでこの募集を見つけた時、アトリエのお試しというか、なんだかすごく気になりました。4ヶ月っていう短さが、『うん。いい〜』って」(川島さん)
川島さんに誘われて一緒に内見に来た画家の小橋さんは、現地に来て「広いな」と感じたそう。「募集ページの情報で広いことは分かっていましたが、実際に来てみたら天井も高くて窓も大きくて、改めて広さを感じました」(小橋さん)
ドアで空間が仕切られておらず緩やかに繋がってるのも、ギャラリーにぴったり そんなお二人の申し込み文には、このような内容が。
もし部屋をお借りできたら、3ヶ月間アトリエとして使用して、小橋は絵を描き、川島は水道橋を中心に写真を撮る予定です。そして(最後の月である)11月に公開して、あの空間でしか成立しない展示をしたいです。
お二人のやろうとしている「この空間でしか成立しないもの」は、まさにオーナーも求めていたもの。どの方の応募も素敵な内容でしたが、オーナーに選ばれたのは、川島小鳥さんと小橋陽介さんのチームでした。
超短期の「4ヶ月間」、展覧会までの過ごし方
一般的に、アートの展覧会をするとなれば、会期の1〜2日前に急いで会場に搬入を済ませるものです。しかし今回は4ヶ月も場所を抑えられたので、お二人はその間じっくりと構想を練ってから搬入することができました。4ヶ月という期間は「超短期」に思えても、展覧会の会場としては十分な長さだったのですね。
物件を借りている間、写真家の川島さんは、この空間にじっくりとこもって過ごしたのだそう。
「ずっと考えていたというか。ぼんやりと写真を選んだり、どう飾るか妄想したり。ここでの4ヶ月は、今まで撮ってきた大量の写真を見直すきっかけになりました」(川島さん)
このアトリエは、川島さんのお友達も「せっかく場所を借りたらやっぱり『こもりたい』もんね!」と共感してくれ、何度も遊びに来てくれたんだとか。 それがきっかけで、お友達から「自分だったら映像で展示するかも」「僕なら大きい絵本みたいに」「ひらひらと繊細なイメージはどう?」などの提案や協力も得られ、一緒に展示を作り上げたのだそうです。
大きな写真集は、縦の長さが手のひら4個分ほども。ページ1枚1枚に重みがあり、手袋をつけて勢いよくめくります 透け感のある紙に写真を印刷し、風を送ってひらひらと動く展示に 一方、画家の小橋さんは、搬入前日にこの部屋に泊まり、夜中に壁や天井に絵を描きました。
「天井が高いから大きい絵も描けるし。床にペンキや絵の具が垂れたり、天井まではみ出して描いてもいいのは、解体前のビルならではですよね」(小橋さん)
左の大きな絵は、小橋さんがこの空間で制作。よく見るとピンクのインクが床にはみ出ています ピンクのラグが敷いてあるのかと思ったら、床に直接描かれた絵でした 壁の高い位置に描かれた黄色の線は、写真のジャングルジムを拡張するかのよう 舞台となった『原島第三ビル』と『東京R不動産』の長い関係性
私たちR不動産と『原島第三ビル』の出会いは、約20年前に遡ります。
このビルの管理人が、開設半年で実績もほとんど無かったサイト『東京R不動産』を見つけ、「この建物のボロボロな感じが合うかもしれない」と、掲載のご相談をしてくれました。
初期の東京R不動産。「20年前に得体の知れない僕たちを発見し、信頼して任せてくれたのはとてもうれしいことです」(当時の担当者) そこでこのビルの「古くて、改装しないと使えない」という問題を、見方を変えて「好きなように改装できる物件」としてR不動産に掲載。デザイナーやウェブ制作会社などから続々と申し込みがあり、大改装をして素敵なアトリエ・事務所として使ってくれました。
当時、自分で手を加えてもいいと謳われている小規模物件は、本当に珍しかったのです。
2009年にこのビルを内見してほぼ即決で入居を決めた、イラストレーター「たかしまてつを」さんの改装エピソードはこちら 。
「歴史あるビルが壊されること自体が、今の東京っぽいなって。でもそれは必ずしも悪いことではなく、いずれ変わっていくものですもんね。そんな歴史の流れにちょっとだけでも関われて、ありがたい体験でした」(川島さん)
解体前のビルだからこそできた、華々しいラストダンス
展覧会名『Pink Noise Dance』にある「ピンクノイズ」とは、滝音のような、癒し効果があるとされているノイズなのだそう。
「来てくれた人には、ピンクノイズを感じてもらえたらうれしいですね(笑)」(小橋さん)
光を使った演出もあり、うっとりと癒される空間になっていました 取材中には「大ファンです」とお二人に話しかける人や、記念品を大切そうに買って帰る人も多数みられ、展覧会は大盛況。飾られた作品だけでなく、それを愛でるように鑑賞する人々も含めて、この空間が完成されているように感じました。
きっと来場した人たちは、ビルのことまで考えてはいないだろうけれど、それでもこういったイベントのおかげで、感傷だけでない晴れ晴れとした気持ちで建物を見送ることができて、私たちにとっても思い出に残る出来事となりました。
川島さん、小橋さん、お二人ともありがとうございました。
●物件ビフォアフター
展覧会名:Pink Noise Dance
Instagram:川島小鳥さん @kotori_kawashima、小橋陽介さん @yusuke_kobashi
住所:東京都千代田区神田三崎町3-10-5 原島ビル304号
会期:2022年11月19日〜11月27日
広さ:84.19㎡
Before『ラストダンスは鮮やかに【超短期】』 :歴史ある古ビルの取り壊し前に、有終の美を飾ってくれる方を募集 After『Pink Noise Dance』 :訴えかけるような写真や、目を引く鮮やかな絵画のアート展覧会
※この記事は、東京R不動産のnoteにも掲載しています。
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