一歩足を踏み入れれば昭和にタイムスリップ! 六本木の真ん中にひっそりと残っていた小さな平屋が、昭和の趣きをそのまま活かしたハウススタジオになった。
今回取材させていただいたスタジオ「六本木倶楽部」を運営する中村明彦さん。ここ数年間の再開発で変貌を遂げている六本木。この街のど真ん中、現在工事中の高層ビルのすぐ足元に、平屋の日本家屋がちょこなんと残っている。以前「粘る平屋」というタイトルで募集していた物件だ。
築年数はおよそ50年。1年ほど前までは、老夫婦がひっそりと暮らしていたらしい。少し焼けた畳敷きの部屋、いい具合に使い込まれた廊下、素朴な欄間や襖、障子を通して差し込む柔らかい光、小さな庭を眺められる縁側、色あせた天井板......。玄関の引き戸をカラカラとあけると、思わず「ただいま」と言ってしまいそうになるような、どこか懐かしい昭和の空気を残した空間が出迎えてくれる。
昔ながらのコの字型の平屋。/廊下。足元にも採光のための障子が嵌められている。かつてはこの一帯にも、こういった平屋の民家がたくさんあったと聞くが、今ではもうほとんどお目にかかることはできない。現オーナーさんは、いずれこの「土地」を転売する前提でこの古家付き土地を取得したのだが、売るまでの期間、放置しておくのももったいないので、定期借家3年を条件に貸しに出すことにした、ということらしい。つまり、残念ながらいずれは取り壊されてしまう運命にある家なのだ。
築年数が古くそれなりに傷んでいること、定期借家3年であること、そして目の前が工事中で音の問題があるということで、このエリアでは割安の家賃設定だが、住居として貸すのは少々難しい物件だった。この物件を担当したR不動産のメンバーいわく、お問合せをくださったのは、ほとんどがスタジオ業を営む方からだったという。
そんな経緯を経て、この小さな民家は、取り壊されるまでの3年間、ハウススタジオ「六本木倶楽部」としてオープンすることになった。
スタジオだけど、おばあちゃんちに遊びに来たような、ホッと落ち着く空間。
小さいながら、庭もいい感じ。ちょうど壁に隣接しているので、抜けはないが現代的な建物が映り込まないのもポイント。希少な日本家屋スタジオは飽きられない
この物件を借りてくださったのは、レンタルスタジオ運営「イリオス」の中村明彦さん。ちょうど撮影スタジオとして使える日本家屋の物件を探していたという。
スタジオ物件というと、スケルトン状態の倉庫や天井高のあるビル、またはもともとスタジオとして使われていた物件をすぐ連想してしまうが、なぜ日本家屋だったのか?
中村さんがこの物件を借りた理由には、いくつかポイントがある。
まず、希少性が高いということ。
「日本家屋のスタジオは世の中にすごく少なくて、この物件をサイトで見た瞬間に、即行で問い合わせたんですよ」と中村さん。
六本木や恵比寿など都心にスタジオは多数あるものの、そのほとんどは背景が白のホリゾントになっているようなハコスタと呼ばれるもの。戸建てやマンションなどのハウススタジオもあるが、こういった古い民家を利用したハウススタジオは数が少ないらしい。そもそも古民家の数自体が少なくなってきているので、スタジオに使えるような"いい感じ"の物件を見つけるのが難しいのだ。
取材中。障子と窓を開け放つと庭が見えて気持ちがいい。畳でゴロゴロしたくなります。また、この物件は変にリフォームされておらず、昔ながらの雰囲気がいい状態で残っていた。もちろん、それなりに傷んでいたり、汚れもあったが、そこで実際に生活するわけではないので、逆にそういった古さが空間の演出になる。この物件は、改装する必要はまったくなく、そのままスタジオとして活かされている。作り込まなくても、もう既に完成された昭和の空間があったのだ。
そして、なんといっても立地がいい。六本木のど真ん中という超都心にあるというのも大きなポイントだ。日本家屋のスタジオは都内に数軒あるが、あとは都心から離れた郊外・地方になってしまうそうだ。
ちなみに、日本家屋のハウススタジオを利用するお客様には、どんな人たちが多いのかというと、CMやスチール撮影の他に、テレビ番組内で使われる再現ドラマの撮影にもよく使われるのだとか。言われてみると、確かに最近のテレビ番組では再現ドラマをよく目にする。
また、来年の地デジ化に向けて、テレビ各局はちょうど地デジ対応の映像の撮り溜めを始めるタイミングでもあるらしい。チャンネル数も今より多くなることだし、なるほど「昭和の雰囲気が残る日本家屋で撮りたい」という需要も増えそうだ。
オークションやアンティークショップで新たに買ってきたものもあるが、残置物をそのまま使っているのも多い。
基本料金は1時間1万円~と手頃な価格設定。(利用時間は6時間~)残置物もそのまま活かす
今でこそ、こざっぱりとした空間になっているが、最初に内見に来たときは、大変な有様だったらしい。
「1年近く閉めきった状態だったので、臭いもひどかった。ハウスクリーニングを入れてもらったんですが、それでもタンスとか大きなものを動かしたら"うわっ!"みたいな状態になっていて、掃除もひと苦労でした(笑)」
しかし、センスのいいお茶道具や、今ではなかなか見られないブリキの衣装ケース、他にも昭和の雰囲気のある調度品が多数残されていたという。
「オーナーさんと相談して、スタジオの小道具として使えそうなものは譲ってもらいました。このレトロな茶箪笥なんかラッキーでしたよ。アンティークショップで買うとしたらそれなりにしますから。結果的に想定していた予算よりコストを抑えられたので助かりました。飲みかけの湯呑み茶碗がそのまま残っていたりもしましたけどね(笑)」
ハウススタジオにとって、こういう残置物が残っている状態というのは、場合によっては案外お得な面もあるようだ。
かくして、六本木のど真ん中に小さな日本家屋のスタジオが誕生した。
「定期借家3年というのは、すごく残念。契約期間が伸びるのであれば、できるだけ伸ばしてもらいたいなって思いますし。ただそれはしょうがないことなので.......」
3年後には取り壊されて無くなってしまう物件だからこそ、今ここでしか撮れない写真や映像がきっとある。何かの作品の中に、この物件を残してもらえたら嬉しい限りだ。