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2016.11.21

街の中に新しい広場を創る

林 厚見(東京R不動産/SPEAC inc.)
 

下北沢の高架下に生まれた新しい空間。ここは、店であり、同時に街の広場であり、時には劇場でもあるという。R不動産を運営するスピークが企画運営に携わる「下北沢ケージ」のお話。


「下北沢ケージ」の夜

ここは東京・下北沢。ある夜、高架化された線路の下では、金網で囲われた檻(ケージ)の中で、ドキュメンタリー映像が流れていた。50人ほどの人が椅子に座ってそれを見ている。通りすがりの人たちは、街中に突然現れたちょっと奇妙な空間を見て「ここ、何?!」と足を止め、金網の外からしばしそれを眺める。

このスペースは3年間限定の新しいイベントパークで、「下北沢ケージ」という。ここでは、日中に子連れの親子が一休みしているかと思えば、夕方からは屋外の客席でビールを飲んだり食事をしている人たちもいる。夕方にはナイトマーケットが行われることもある。


金網の向こうに見える黄色い建物は飲食店舗「ロン・ヴァ・クアン」

コトの始まりは、「下北沢の高架下に暫定的に使える空き地ができるんだけど、どうしたらいいだろう?」という相談だった。京王電鉄の井の頭線が走る高架化された線路の下に、200坪ほどの空き地ができ、ひとまず3年間の暫定利用を考えているということだった。

この場所はけっこう人通りの多い商業エリアであり、普通に建物があれば相応の家賃になるような場所である。暫定利用ということであれば駐車場にしておけば、経済的には合理性が高いロケーション。しかし土地オーナーである京王電鉄としては、下北沢の長期的な活性化に寄与するような使い方を考えたいという意思があった。

期間限定ということもあり、投資回収を考えると大きな建物はつくれない。かといってただ空き地として解放するだけでは……という中で、この高架下のハードなイメージの空間に「金網のケージ」が置かれた風景が浮かんだ。そしてその中で人が集まり、例えばそこでダンスや芝居をやっていたら、道行く人がそれを見つけて、新しい出会いが起こる。そんな風景をイメージした。

場所を使いたい人たちにスペースを貸し出すことで、事業としても成立するのではないか、そう考えて提案したら、意外にも京王電鉄は「面白そうですね、ぜひやりましょう」、ということで計画が始まったのだった。


水曜日のマーケットの様子

その時点では、投げかけられた課題に対してアイディアで応えよう、とは思ったけれど、自分たちで運営をすることまではあまり考えていなかった。でも、その提案を実行に移そうということになって企画を具体化していく中で、これは自分でやるべきだ、という気がしてきたのだった。

僕らは、場所と人をつないだり、空間の企画やデザインをやることはあったけれど、できた場所を運営していくオペレーションの経験は少ない。だけど、街を面白くしていくために、最終的に大きな価値を生んでいくのは「つくった後」なんだということはわかっていた。空間は人の活動のあくまで背景。活動や体験を生み出していくことにもっと近づいてみたい、それができなくちゃいけないな、という思いは強くなっていた。そしてこの場所には、自分たちならではのカタチがあるように思えたのだ。


生演奏の音が街にこぼれ出す

もとより僕は、人間らしさのある面白い街が好きだ。そんな街がどんどん均質化してつまらなくなっていくのを黙って見ていたくない。都市の隙間のような場所から、リアルな空間でしか感じられないことを表現・発信できたらという思いがある。結局、場をつくってそこでいろんなことが起こったり、人が楽しんだりっていううれしさを、自分が味わいたかったのかもしれない。

下北沢ケージには飲食店舗が併設されている。アジア屋台料理の店「ロン・ヴァ・クァン」。

下北沢という街にアジア食堂は合う、と思ったのにあまり立派な理屈はないのだが、この空間に佇んだとき、10年前にホーチミンで大好きになったバインセオ(ベトナムお好み焼き)の店での幸せな風景・体験を思い出し、あんな場所がここにあったら、とワクワクしたのだった。そんな風に色んな思いが重なって、形が決まっていった。

そして僕らに足りない部分を補ってくれるチームとして、編集・デザインを行う東京ピストルの草彅洋平と、街に根付く飲食事業を行うWATの石渡康嗣に声をかけて、一緒にチームを組むことになった。


街とつながる広場

下北沢という街は、独特の匂いを持つ街だ。戦後の闇市から少しずつ開拓が進み、娯楽街として、そして演劇や音楽、古着や本といった文化的な集積が進んで、表現者たちや文化人たちがやってくる磁場ができていった。

時間の流れにともなってその風景は少しずつ変わりつつあるけれど、今も小劇場やライブハウス、多くの個人店が集まっている。この街の未来の風景をイメージしようとしたとき、そんな歴史やアイデンティティをうまく引き継いでいくことが、街の価値を創っていくはずだと思った。

そこで、シアターのハコの中や地下空間で繰り広げられている創造的なコンテンツを、街の中に持ってきたいと考えた。多くの買い物がネットで済ませられるようになっていけば、街に出ていく意味は、意外な出会いや発見といったものになっていくはずだ。“知っている人”だけが行く場所でなく、新しい出会いが生まれる空間があったらいいと思ったのだ。

ケージ空間は、「ロン・ヴァ・クァン」の屋外客席でもあると同時に、イベントのためのレンタルスペースとしても運営されている。具体的に何をする場所かは規定していない。そもそも街の広場というのはそういうものだ。建築家のルイス・カーンは「形態は機能を誘発する」と言ったけれど、下北沢ケージの空間を見て、こんなことできるんじゃないか、という風に、いろんな人が妄想を膨らませ、多様な使い方をしてくれたらと思っている。

運営を始めてみると、近隣の方々に喜んでいただきつつ、一方では「音が聞こえてきて、気になる」といった意見もいただくことがある。僕らとしては、そうした声にも誠実に向き合っていきたい。また同時に、条例や法律など様々なルールに対して、もっとよい形があるのではないかと思うこともある。挑戦すべきと思うことにはチャレンジしながら、街に開かれた場所づくりのあるべき姿を追いたいと思っている。

そして、ここは民有地でありながらパブリックに開いた空間にすることもテーマになっている。思えば本屋でもカフェでも、商いの空間は街の人々にとっての生活空間である。この場所は、飲食店、劇場、遊び場、休憩所、メディア、といったいろんな意味合いを融合させ、境界を溶かしていきながら、新しい街の広場として提案する空間だ。3年間で徐々にその姿を変えていけたらいいと思っている。

下北沢ケージ / ロン・ヴァ・クァン
所在地:東京都世田谷区北沢2-6-2
オープン時間:
・下北沢ケージ 13:00~23:00
・ロン・ヴァ・クァン 17:00~23:00
電話:03-6407-0707(ロン・ヴァ・クアン)

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