以前、TV番組「ガイアの夜明け」で東京R不動産が紹介された折にも取り上げられた東京・世田谷の古民家リノベーションの事例。改めてその計画詳細をレポートします。古い一軒家を生き返らせることを検討されているオーナーさん、希少な日本家屋に住んだり、居住兼事務所として使うことに関心のある方、ぜひ参考にされてみてください。
既存の壁や天井を取払って空間のボリュームを大きくし、できるだけ光を取り込むように仕上げた。(設計: SPEAC,inc) 昨今の深刻な空き家事情
現在、日本国内では756万戸もの空き家が存在していると言われており、これは全国総戸数の約13%にものぼる(総務省調べ)。都内に限っても実に75万戸もが空き家だという。
そんな中、築古物件は不動産業界の中でそれが当然と言わんばかりに安く扱われてきた。とりわけ木造は構造的に弱い(と思われている)ことに加え、改修にかかるコストが鉄筋コンクリート造等に比べると大きくなることが多いため、特に敬遠されてしまい、その多くが取り壊しの対象となっていく。
ただ、見方を変えれば、今生き残った築古の戸建ての木造住宅は、特に都内においては非常に希少価値のある存在でもあるということになる。木造戸建てならではの懐かしさや愛着、そしてその独特の風合いは、人によっては数字では表すことのできないかけがえのない価値となるはずだ。
BEFORE 改修前の状態。傷みは激しいが何とも言えない愛くるしい表情に魅せられる。 空き家が収益を生むまでに
昭和5年に建てられたこの住宅は世田谷の閑静な住宅街にあり、オーナーが住まいを隣に移してからは約70年間借家として使われてきた。平屋のうえに決して豪華なしつらえがあるわけではないこの住宅、しかし当時の一般的な洋間付き中廊下型文化住宅の形態を程良く残している。また南側にはケヤキやモミジ、梅、ユズなどの木々が繁った豊かな庭が広がっていた。
賃借人が退去したのを機に今回の再生の話が持ち上がったわけだが、80年という築年数を考えれば通常なら取り壊しになることが多い。ただ、オーナー家族が建物に愛着があったことに加え、土地が借地であるという問題があったために、既存建物をどうにか活用する道がないかと模索されていた。
はじめはその佇まいから店舗やスタジオ貸し、シェアハウスも検討されたが用途地域、エリアの特性、広さ、間取りの可変性、また建物管理の関係からその選択肢は除外され、1棟貸し賃貸住宅としての可能性1本に絞って計画されることとなった。
(左)劣化や汚れが激しくどこか陰湿な印象の旧座敷。(中央)改修前の洋間。天井は崩れ仕上げの劣化が激しかったが洋間としての品格は残っていた。(右)鬱蒼と茂る雑木林のような庭 経堂という立地と75.35m²という建物のサイズから想定されるターゲットは、子育てファミリーやDINKS、それに加えて事務所併用利用をする人たちである。そうした人たちの中で建物の古さや豊かな庭を気に入ってくれる人が借りてくれるはずである。古色を帯びた魅力的な既存建物と庭を一体的に再生できれば、相場以上の賃料も期待できると考えた。周辺の賃料相場から期待できる賃料と回収年数を想定、かけるべき工事予算を逆算し、健全な投資としてのめどを立てた。
(上)天井と壁を解体した状態。(下左・中央)既存の床を撤去後は構造補強をして防蟻塗装をし、断熱材を敷き込む。(下右)屋根下にも新たに断熱材を施す。 問題と魅力の抽出問題と魅力の抽出
築80年を経たこの建物はやはりそれなりに傷みも多く、水回りの設備は古く、また断熱性や耐震性もないに等しい状態であった。間取り的にも旧来の座敷が建物の中で最も良い位置に鎮座し、現在の生活スタイルに置き換えてみると用途の見えない空間となっていた。またこれも古い木造に特徴的な、室内の暗さという問題もあった。
したがって改修のポイントは、今後20年の使用に耐えうる構造補強および設備の一新と、80年の歳月を感じさせる内装、庭を最大限に活かした間取りの変更、この3点に絞って行うこととなった。
具体的には仕口ダンパーにより構造補強を施すことで耐震性を高めると同時に、屋根および床下に断熱材を新設した。また水廻りをすべて新設することでインフラたりえる建物自体のスペックを引き上げ、「魅力」とは呼べないハードのデメリット部分をまずは解消した。
間取り的には中央の座敷部分を生活の中心と位置づけ、その開放性を高めるとともに水廻りとの動線を整えた。その際、天井を解体して屋根に沿わせるかたちで新たな天井を新設することで生活の中心となる部分に光をより誘導しようと努めた。また、庭への視界を遮っていた壁を撤去して可変性のある引戸とし、どの部屋からでも庭が臨めるような間取りとした。
(左)旧座敷を生活の中心として広がりを持たせた。 (中央)位置を替えたキッチンからもリビングを介して庭を臨める。 (右)水廻りは使い勝手を考慮し現代の仕様に新設。 垂壁(たれかべ)は竹小舞(たけこまい)を残したことで空間が柔らかくつながった。 時を超えて蘇った要素たち。(左端と右端の写真 画像提供=新建築社) 意匠的にはもともとの建具は再利用あるいは移設して魅力の要素を取り置き、現在の在来工法にはあまり見られなくなった構造のプロポーションの魅力を引き出すため木部に染色をし、その他の部分を白くすることで80年の歳月の魅力を象徴的に引き出すことに努めた。
このリノベーションでは解体、撤去によって空間の大枠が完成した。既存の構造、建具、土壁、庭の木々を残しながら再編集することで、それらが主役となってここに流れた時間を感じさせながら空間を形成している。再編によるリノベーションである。
改めて言うまでもないが、古いものにしかない価値がある。今ではあまり見ない素材の使い方やディティール、時間の経過でついた古色など。
デザインを意識した改修計画にあっては、「古いものに新しい要素を併置するときには新旧は区別すべし」が長いこと良しとされてきた。対比によってデザインというものは成立すると。しかし、古いものと新しいものの違いをことさらに強調することにはそれほどの意味が無いように思われる。それよりもまずは新旧の要素が調和して新しい全体性を作り上げることの方が本質的だと私たちは考えた。
(左)ウッドデッキを新設し、思わず飛び出したくなるような庭との関係をつくった。 (右)外観は修繕程度に元々の意匠を継承。 新しいものと古いものの等価な関係
リノベーション後のこの住宅は新築にはない新しい価値を生み出している。周辺の成約賃料と比較しても新築と同等に貸し出すことが可能となり、古いものの価値を評価してくれる人たちが少しずつ増えてきていることを実感する。
長い時間をかけてそこに生成されてきた価値を見極め余分な要素を引き算し、残ったものを再編することで賃貸住宅として再生することが可能となった。
これまで多くの住宅再生に携わってきたが、特に古い木造の住宅ほど永く大事に使っていきたいという欲求がかきたてられる。そこには古色を帯びた素材たちに永い時間の経過を感じ、それを継承し、より永く使い続けたいという、一種の義務感とも言うべき愛着が湧くからなのだろう。
美的にも経済的にも新しいものと古いものが等価に扱われていくような価値観が広がれば日本の住宅そして街は今よりももっと成熟して豊かなものになるに違いない。
持続的で循環性のある社会及び文化の再興を願ってやまない。
ユズ、紅葉、梅が四季を彩る豊かな庭。(画像提供=新建築社)
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