住まい手が豊かな日常を育んでいる高円寺アパートメント。2025年5月下旬には隣の敷地に高円寺アパートメント2.0が誕生します。これを新たな節目として、この場所のこれまでの歩みとこれからをつづる連載コラムをリレー形式でお届け。vol.2では高円寺アパートメントを訪ねて、暮らしながら小商いを営む住まい手の声を聞いてみました。(vol.1はこちらから)
芝生広場を共有する小さな店舗たち
冬の寒さが和らぐ2月のある日、高円寺アパートメントに立ち寄った。1階に広がる芝生広場は日当たりがよくて、子どもが遊んでいたり、デッキに腰掛けている人がいたり、軒下のテーブルでランチをする人がいたり、穏やかな時間が流れている。
広場に面する建物の1階には、飲食店や小さな店舗が並んでいる。敷地の入口のすぐそばにあるのが、焙煎コーヒー店「JULES VERNE COFFEE」。お店の奥で毎朝焙煎を行い、常に新鮮なコーヒーを提供している。オーナーの小山彰一さんは国内の焙煎技術を競う大会のファイナリストで、確かな技術のもと焙煎されたコーヒーを味わうことができる。
そのおとなりが、クラフトビール店「アンドビール」。自社のブルワリーで醸造された8種類のクラフトビールを常時タップから楽しむことができるほか、スパイシーな創作料理との絶妙なペアリングを堪能できる。
焙煎コーヒー店「JULES VERNE COFFEE」の店内。元社宅をリノベーションするというコンセプトに共感して入居を決め、装飾や床の張替えなどは自分たちでDIYしたという
クラフトビール店「アンドビール」はスパイスカレーの名店としても知られている。右は「JULES VERNE COFFEE」の看板メニュー、季節のフルーツサンド。2つの飲食店と並ぶのが、4つの店舗兼住宅。ライフスタイルショップ、ジュエリーデザインアトリエ、時計修理室、そして設計事務所兼雑貨店というラインナップで、それぞれ店主が住みながらお店を開いている。
業種はいろいろだけど、どの店舗も住人の暮らしとお店との距離が近い。芝生広場で子どもを遊ばせながら店主と何気ない会話をしたり、飲食店では、住人が部屋から自分のお皿やカップを持って降りてきて、お店のカレーやコーヒーをテイクアウトして家で食べる、なんていう日常シーンもあるのだとか。
つくり手と商い、住まいが交わり合う暮らし
ときにはお店がイベントやワークショップを開催することもある。アンドビールは、店主の安藤さん夫妻による発案で年に一度、芝生広場でビアフェスを開催している。ここにはいろんな特技や職能を持った人が住んでいて、住人がフリマを同時開催したり、フライヤーをデザインしたり、DJをしたり、みんなでイベントをつくっているのがこの場所らしいところ。
ほかにも、JULES VERNE COFFEEは住人向けのコーヒー教室を開いている。住人が普段から使っているコーヒー器具を持参して、コツを教わりながら淹れてみるというもので「同じ豆でも淹れ方次第で味が変わることを実感できる」と好評だったとか。店主の小山さんは「住人のみなさんのリクエストを聞きながら、またコーヒー教室などを企画していけたら」と話している。
そのほかにも、ジュエリーデザインのアトリエでデザイナーの店主によるシルバーリングづくりのワークショップが開催されたり、ライフスタイルショップでランチ会や暮らしにまつわるワークショップなどが行われたりと、つくり手と商い、住まいが交わり合う暮らしがここにはある。
「JULES VERNE COFFEE」の小山亜希子さん
時計の分解掃除や電池交換などを行う「時計修理室 ReBeat」。中央は、ジュエリー作家さんがカスタムオーダーやリメイクなどを行う「atelier ess」。右はvol.1でちらっと紹介した高円寺アパートメントの女将(おかみ)が営むライフスタイルショップ「まめくらし研究所」。
2018年から始まった『高円寺アパートメントビアフェス』。昨年で5回目を迎え、都内近郊からブルワリーが参加し、毎年大盛況となっている暮らしながら、小さな商いを
そんな高円寺アパートメントで気になるのが、やっぱり店舗兼住宅の区画。昔の商店ではお店の奥で暮らしたり、1階が店舗で2階に住んだりという光景があったけど、最近はそんな暮らしを見かけることが少なくなった。この場所で垣間見える、暮らしながら小さく商いをするライフスタイルは、どこか懐かしいようで少し新鮮な感覚さえある。実際のところ、どのように営まれているのだろう。
敷地の一番奥のほうに、緑豊かな店がある。「いちまるいち」といって、部屋番号がそのまま店名になっている店。ここを営む石井さんにお話を聞いてみることにしよう。
南向きでポカポカと温かく、緑に包まれた空間。ここは、石井さんが住宅設計の仕事をするオフィスであり、植物や器など暮らしにまつわる雑貨を販売するお店であり、ご夫婦で暮らす住宅でもある。
ドアを開けると、空間の真ん中には大きなテーブルがあって、石井さんは設計の作業をしていた。このテーブルではお施主さんと打ち合わせもするし、訪ねてくる住人さんとお茶を飲むこともあるし、夜には家族と食卓を囲むダイニングにもなるという。このテーブルが石井さんの多面的なライフスタイルをやさしく受け止め、支えている。
石井航建築設計事務所の石井 航さん石井さんは高円寺アパートメント開業のタイミングでここに入居した。ご自身の結婚と設計事務所の開業とも時期が重なって入居を決めたというが、設計の方向性と高円寺アパートメントのコンセプトに親和性を感じたことが大きかったという。
「住宅はプライバシーを守るための空間ですが、当時から社会や街とつながる暮らしを大切にしたいと思いながら住宅を設計していました。それなら自分が実践者となって、住宅を開いていけばいい。住宅と街の間に商店を挟み込めば、コミュニケーションの場所になる。街と住宅をつなげる緩衝帯のような場所になれたらいいなと思ったんです」
この場所を始めてはや8年。「お店として場所を開くことで、予測不可能なことが起きるのが楽しい」という。
「パッと見て何屋さんかわかりづらいし、不定期で開けていることもあって、少し入りにくい雰囲気かもしれません。だけど、勇気を持って入ってきてくれたときは作業の手を止めて、丁寧にこの場所について説明します。だからお客さんの滞在時間はけっこう長いかもしれません。ずっと一人で作業していると頭も凝り固まってしまうし、思いがけない出会いや新しい人とのコミュニケーションが楽しいんです」
街を使って暮らすということ
住宅であり、事務所であり、店舗でもある。他の区画ではリビングとして使っているスペースを店舗と事務所として使っているので、プライベート空間はおのずと狭くなってくるが、暮らしにくいと感じることはないのだろうか。
高円寺アパートメント1.0の店舗兼住宅の間取り。ショップ部分の9.8帖を店舗と事務所として使っている「僕としては全然気にならないですね。目の前には公園のような芝生広場があるし、食事は街に行けばお気に入りのお店がいくつもあるし、銭湯だってあるし、コーヒーが飲みたければカフェもあるし。外に出ていくことが多いんです」
街全体を使って暮らしている感覚。この101号室は小さなホームベースということなのだろう。そして、そのライフスタイルは高円寺という街だからこそ、より豊かなものになっているようだ。
「やっぱり高円寺は個人店が生き生きしているのがいいですね。チェーン店もたくさんあるけど、僕は人の顔が見えるお店に行きたいし、ごはんを食べるならつくってくれた人に『いただきます』『ごちそうさま』と言いたい。『あの人がやっているから、あの店に行く』という感じですね。高円寺は人が主役になれる。だから街へ出ていくのが楽しいのかもしれません」
仕事のスタイルも開かれていく
住宅を街に開いて、街とつながりながら暮らしていく。そうすると、仕事のスタイルもゆるやかに街へと開かれていくことになる。
高円寺アパートメントから卒業した人の家を設計したり、行きつけの店のつながりから店舗の設計をすることもある。普段の生活のなかでは、人が設計事務所と交わる機会は少ないものだ。だけど、ここでは住人同士の顔が見えているし、そもそもお店だから誰もがふらっと入ってこられることもあって、一般的な設計事務所とクライアントの関係よりも、もう少しフランクな会話から仕事が始まっていく。
思いがけない相談を受けることもある。石井さんは写真が得意で、住人さんの七五三のお宮参りに同行して家族写真を撮影したり、アンドビールの商品写真を撮影することもあるのだとか。依頼のきっかけは、高円寺アパートメントのイベントで撮影をしていたこと。暮らしのなかで、お互いの職業や得意なことがなんとなく共有されて、本業を超えたお願いごとまで届くのが高円寺アパートメントの距離感なのだ。
高円寺アパートメント2.0 はじまる
最近は設計の仕事で地方出張が多いため、お店は不定休で閉じている日も多い。ここで作業をするときはお店を開け、場をシェアするかたちで運営している。お店の内容やスケジュールなど営業スタイルを柔軟に調整していることも、長続きしているコツだと石井さんは話す。
「商売を意識しすぎて生活をないがしろにしては意味がないので、肩肘を張りすぎないようにしています。あくまで自分の暮らしが土台にあって、それをシェアしていく感覚でやっていくのがコツなのかな」
店舗兼住宅では、職を持ちながら場所を開くというスタンスが合っているのかもしれない。
こんな暮らしのあり方を、さらに広げる試みとして隣の敷地に誕生するのが「高円寺アパートメント2.0」。2025年5月下旬に竣工予定で、2.0にも住まいと商いを両立できる空間が用意されている。1.0ではワンフロアだけど、2.0ではメゾネット式。1階でお店を営み、2階で暮らすスタイルだ。
高円寺アパートメント2.0 店舗兼住宅の平面図。ショップ面積が広くとれる螺旋階段タイプ(左)と住居面積を広くとり小さく商う仕切りタイプ(右)の2種類自分のペースを大切に、仕事をしながらお店を開く。本業と+αになるなにかを見つけて、自分の作業スペースとしながら街に開き、ときどき接客をする。
そんなことを考えると、グラフィックデザイナーがシルクスクリーンの工房をやったり、執筆業の人が書店を開いたり、プログラマーがプログラミング教室をやったり、縫製職人がお直し屋さん兼アパレルのショップにしたりと、いろんな妄想が広がっていく。
2.0の店舗兼住宅は、竣工より一足先に説明会を計画しているので、興味のある方は募集ページをチェックしてみてください。
高円寺アパートメント1.0(左2棟)と2.0(上)を基点として、周辺にも人々の活動が展開していく未来予想図最後に、石井さんに聞いてみた。高円寺アパートメントとは、どんな場所なのでしょうか。
「自分の暮らしをつくっていける場所だと思います。この店舗兼住宅のように、自分の場所を少し開いてみたり、ここでは住人がマルシェを開催するので、つくる側に参加してみたり。僕の場合は建築士として街と住宅の中間領域をつくっていきたい気持ちがあって、ここはその実験フィールドのような感覚でやっています。これからもなにかひとつに完結しないで、いろんな人やコトと連携していきたい。高円寺アパートメントはそのきっかけがたくさんある場所だと思います」
これから2.0が始まり、これまで育まれてきた1.0の暮らしと交わっていく。どんな人たちが集い、どんな風景が生まれていくのか。今後がますます楽しみだ。
次回のvol.3は、高円寺アパートメントの女将(おかみ)にバトンタッチ。住人たちによって開かれるマルシェや、つながりを育む季節行事など、高円寺アパートメントの日常をお届けします。